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はじめに

小胞体(ER)は、分泌タンパク質や膜タンパク質の折り畳み、品質管理、成熟、細胞内輸送の起点を担うオルガネラであり、あわせて脂質合成細胞内 Ca2+ 貯蔵・放出の場としても機能します。これらの機能が破綻すると、小胞体内に誤って折り畳まれたタンパク質が蓄積し、小胞体ストレス(ER stress)が生じます。細胞はこれに対して UPR(unfolded protein response) を起動し、翻訳抑制、シャペロン誘導、ER関連分解(ERAD)などを通じて恒常性回復を試みますが、ストレスが強すぎたり遷延したりすると、細胞機能障害や細胞死につながります。123

小胞体(ER)標的薬で現時点で臨床実装が進んでいるのは、主に (1) 小胞体での折り畳み・成熟・輸送を補正する薬、(2) 小胞体内で変異タンパク質を安定化する薬理学的シャペロン(pharmacological chaperone)、(3) ERADの下流にあるユビキチン–プロテアソーム系を利用して、分泌負荷の高い腫瘍のタンパク質恒常性(proteostasis)の脆弱性を突く薬、(4) ER/SR の Ca2+ 恒常性を調節する薬の4群です。UPR・統合ストレス応答(ISR)を直接調節する薬は、2026年3月時点ではなお臨床開発段階のものが中心です。123

本記事では、ERそのものを一次標的とする薬に加えて、ERタンパク質恒常性ネットワークの脆弱性を治療に利用する承認薬も含めて整理しています。そのため、たとえばプロテアソーム阻害薬は厳密にはER膜タンパク質を直接阻害する薬ではありませんが、ERADの出口側を塞ぐことで異常折り畳みタンパク質の蓄積とUPR負荷を増大させるという意味で、ER関連薬として扱っています。145

専門用語解説:UPR 詳しく見る ▼

UPR(Unfolded Protein Response、小胞体ストレス応答)は、小胞体内に異常折り畳みタンパク質が蓄積したときに起動するストレス応答です。主なセンサーは IRE1PERKATF6 の3つで、翻訳抑制、分子シャペロンの誘導、ERAD の活性化などを通じて、小胞体の処理能力を回復させようとします。

重要なのは、UPR が単なる有害な経路ではなく、まずは適応応答として働く点です。一方で、ストレスが強すぎたり長引いたりすると、UPR は細胞死誘導の方向へ傾きます。この二面性のため、ER標的医薬ではUPR を完全に遮断するよりも、どの分岐経路をどの程度調節するかが重要な設計課題になります。

専門用語解説:タンパク質恒常性(Proteostasis) 詳しく見る ▼

タンパク質恒常性(proteostasis)とは、細胞内でタンパク質の合成・折り畳み・輸送・分解を全体として制御する仕組みを指します。小胞体は分泌タンパク質や膜タンパク質の折り畳み・品質管理の中心であるため、このネットワークの中核的なオルガネラの一つです。

ER標的医薬の文脈では、タンパク質を正しく折り畳ませて救う戦略もあれば、逆にタンパク質恒常性の脆弱性を突いて細胞を破綻させる戦略もあります。たとえば CFTR補正薬(CFTR corrector)薬理学的シャペロンは前者、プロテアソーム阻害薬は後者に近い考え方です。つまりタンパク質恒常性は、ER創薬を理解するうえでの最も基盤となる概念の一つです。


承認済み小胞体標的薬

初回承認の年の順番に並べています。最終更新日時点での情報を元にまとめています。個別症例の適用可否は各国の承認条件・年齢制限等をご確認ください。

疾患/適応 販売名[一般名] 作用形式 会社 初回承認(地域) 投与 メモ
悪性高熱症、高リスク患者での予防/痙縮 Dantrium / Ryanodex[dantrolene] ER/SR カルシウム恒常性調節薬 Endo / Eagle など 1974(米)6 経口 / 静注 RyR1 を介する SR からの Ca2+ 放出を抑制する代表薬。悪性高熱症では救命薬として定着。67
多発性骨髄腫 VELCADE[bortezomib] ERAD下流を利用するタンパク質恒常性攪乱薬 Millennium / Takeda 2003(米)8 静注 / 皮下 プロテアソーム阻害薬。分泌負荷の高い形質細胞系腫瘍のタンパク質恒常性の脆弱性を突く。48
再発・難治性多発性骨髄腫 KYPROLIS[carfilzomib] ERAD下流を利用するタンパク質恒常性攪乱薬 Onyx / Amgen 2012(米)9 静注 第二世代プロテアソーム阻害薬。9
Cystic fibrosis(F508del/F508del) ORKAMBI[lumacaftor/ivacaftor] 小胞体での折り畳み・輸送補正薬 Vertex 2015(米)10 経口 lumacaftor は CFTR補正薬(corrector)として F508del-CFTR の小胞体滞留を減らし、細胞表面発現を増やす。ivacaftor は増強薬(potentiator)。1011
多発性骨髄腫 NINLARO[ixazomib] ERAD下流を利用するタンパク質恒常性攪乱薬 Takeda 2015(米)12 経口 初の経口プロテアソーム阻害薬。12
Fabry disease(対応変異保有例) Galafold[migalastat] 薬理学的シャペロン(pharmacological chaperone) Amicus 2016(EU)13 経口 対応変異型(amenable mutation) α-ガラクトシダーゼA を小胞体内で安定化し、リソソームへの輸送を促す。1314
Cystic fibrosis(F508del/F508del ほか) SYMDEKO / SYMKEVI[tezacaftor/ivacaftor] 小胞体での折り畳み・輸送補正薬 Vertex 2018(米 / EU)1516 経口 tezacaftor は補正薬(corrector)、ivacaftor は増強薬(potentiator)。lumacaftor/ivacaftor より薬物相互作用の面で扱いやすい症例がある。1516
Cystic fibrosis(少なくとも1つの F508del など) TRIKAFTA / KAFTRIO[elexacaftor/tezacaftor/ivacaftor] 小胞体での折り畳み・輸送補正薬 Vertex 2019(米)17 経口 2つの補正薬(elexacaftor, tezacaftor)+ 増強薬(ivacaftor)からなる三剤併用。現行のCFTR機能回復治療の中心。171819

注:ivacaftor 単剤(KALYDECO)も承認済みCFTR調節薬ですが、主作用は細胞表面に到達したCFTRのチャネル開口特性の改善であり、小胞体での折り畳み・輸送補正を主軸とする本記事の表からは外しています。20


対象疾患

現在の承認薬を俯瞰すると、ER関連治療薬の対象疾患は大きく3つの臨床文脈に分かれます。

1. 折り畳み異常や輸送障害を伴う遺伝性疾患

代表例は嚢胞性線維症(Cystic fibrosis)ファブリー病(Fabry disease)です。前者ではF508del-CFTRの小胞体滞留が、後者では対応変異型(amenable mutation)α-ガラクトシダーゼAの不安定化が問題となり、いずれも小胞体の品質管理を通過できる形にタンパク質を修正することが治療の核になります。10111314

2. 分泌負荷の高い血液系悪性腫瘍

形質細胞系腫瘍である多発性骨髄腫(multiple myeloma)は大量の免疫グロブリン産生に依存しており、小胞体のタンパク質恒常性とUPRに強く依存します。このためプロテアソーム阻害薬は、ERADの出口側を塞ぐことでタンパク質毒性ストレスを増幅し、治療効果を示します。458912

3. ER/SR カルシウム放出の破綻が急性病態に直結する疾患

代表例が悪性高熱症です。ここではdantroleneが骨格筋のRyR1を介するCa2+放出を抑えることで救命的に働きます。67


小胞体関連治療薬は大きく分類すると4つ

1. 小胞体での折り畳み・成熟・輸送の補正

この群は、小胞体内で折り畳み異常輸送障害を起こしたタンパク質を、折り畳み補正・成熟促進・小胞体からの放出促進によって救う薬です。最も完成度の高い例はCFTR調節薬(CFTR modulators)で、lumacaftortezacaftorelexacaftorはいずれもCFTR補正薬(corrector)として働き、特にF508del-CFTRの小胞体滞留を減らして細胞表面への到達量を増やします。一方でivacaftorは主として細胞表面CFTRのチャネル開口確率を改善する増強薬(potentiator)です。したがってORKAMBI、SYMDEKO/SYMKEVI、TRIKAFTA/KAFTRIOは、小胞体での折り畳み補正を含む複合調節薬として位置づけるのが正確です。10111516171819

専門用語解説:CFTR補正薬(CFTR corrector) 詳しく見る ▼

CFTR補正薬(CFTR corrector)は、嚢胞性線維症の原因となるCFTRタンパク質の折り畳み異常・輸送障害を補正し、小胞体から細胞膜への輸送を改善する薬剤群です。特にF508del-CFTRは小胞体で正しく成熟できず、品質管理によって分解されやすいため、補正薬はこの小胞体滞留を減らす役割を担います。

代表的な補正薬にはlumacaftortezacaftorelexacaftorがあり、しばしばivacaftorのような増強薬(potentiator)と併用されます。補正薬が細胞膜まで届ける薬であるのに対し、増強薬は膜上に到達したCFTRの機能を高める薬です。この区別は、ER標的医薬としての位置づけを理解するうえで重要です。

2. 薬理学的シャペロン

この群は、変異タンパク質、特に酵素を小胞体内で安定化し、品質管理を通過させて正しい細胞内輸送につなげる薬です。承認薬の代表はmigalastatで、ファブリー病における対応変異(amenable mutation)を持つα-ガラクトシダーゼAに結合して酵素を安定化し、小胞体からリソソームへの輸送を促進します。したがってmigalastatは、一般的な化学シャペロン(chemical chaperone)ではなく、特定の標的タンパク質を選択的に安定化する薬理学的シャペロン(pharmacological chaperone)とみなすべきです。131421

専門用語解説:薬理学的シャペロン(Pharmacological chaperone) 詳しく見る ▼

薬理学的シャペロン(pharmacological chaperone)は、特定の変異タンパク質に結合して構造を安定化し、小胞体の品質管理を通過できるようにする低分子化合物です。一般的な分子シャペロン(HSPなど)が細胞にもともと存在するタンパク質群であるのに対し、薬理学的シャペロンは薬として投与される外因性分子です。

ER標的医薬の代表例はmigalastatで、ファブリー病における対応変異型α-ガラクトシダーゼAを小胞体内で安定化し、分解されずにリソソームへ運ばれる確率を高めます。この戦略は、タンパク質を補充するのではなく、患者自身の変異タンパク質を修正してレスキューする治療といえます。

3. 小胞体タンパク質恒常性ネットワーク・ERAD下流を利用する薬

承認薬の中心は、ERストレスセンサーであるIRE1/PERK/ATF6 を直接調節する薬ではなく、ERADの下流にあるプロテアソームを阻害する薬です。代表例はbortezomibcarfilzomibixazomibで、直接標的はプロテアソームですが、小胞体で生じた異常折り畳みタンパク質の分解出口を塞ぐことでタンパク質毒性ストレスを増幅し、特に形質細胞系腫瘍において有効性を示します。厳密にはER標的薬というより、小胞体タンパク質恒常性の脆弱性を利用する薬と呼ぶ方が正確です。1458912

専門用語解説:ERAD 詳しく見る ▼

ERAD(ER-associated degradation、小胞体関連分解)は、小胞体で正しく折り畳めなかったタンパク質を認識し、細胞質側への逆輸送(retrotranslocation)を経てユビキチン化し、最終的にプロテアソームで分解する品質管理機構です。小胞体の不良品処理ラインと考えると理解しやすいです。

この経路ではp97/VCPが、基質を膜から引き抜くAAAファミリーATPaseとして重要な役割を担います。ER標的医薬の観点では、ERADを直接操作する薬はまだ限られますが、プロテアソーム阻害薬p97阻害薬はこの経路の下流・中核に介入することで、異常折り畳みタンパク質の蓄積を増やし、特にタンパク質恒常性に強く依存する腫瘍細胞にダメージを与えます。

4. ER/SR カルシウム恒常性調節薬

この群はER/SRのCa2+恒常性を介して作用します。承認薬の代表はdantroleneで、悪性高熱症の背景にあるRyR1を介する過剰なSRからのCa2+放出を抑制します。これに対し、SERCAを標的とする薬は創薬研究上は魅力的ですが、2026年3月時点でSERCA直接阻害薬の承認例は主要には存在せず、mipsagarginは臨床試験まで進んだものの未承認です。672223


ER経路マップと薬剤の作用点

ER stress 創薬の全体像をざっくり俯瞰すると、UPR(IRE1/PERK/ATF6)統合ストレス応答(ISR)(eIF2α–eIF2B–PPP1R15A)ERAD–p97/VCP–プロテアソーム系ER/SR Ca2+ 恒常性(SERCA/RyR)、および折り畳み・品質管理が主要な介入点になります。承認薬が存在するのは主としてCFTR機能回復薬migalastatプロテアソーム阻害薬dantroleneの領域であり、IRE1/eIF2B/PPP1R15A/p97/SERCAは依然として開発品中心です。12342224252627

flowchart TD
  %% ===== ノード =====
  A["ERでの誤折り畳み / タンパク質負荷↑"] --> B["UPR起動"]
  B --> IRE1["IRE1α (ERN1)<br/>RNase / キナーゼ"]
  B --> PERK["PERK (EIF2AK3)<br/>eIF2α-P"]
  B --> ATF6["ATF6<br/>ゴルジ活性化 → 転写"]

  IRE1 -->|RNaseシグナル| XBP1["XBP1s転写<br/>(適応 / 腫瘍生存)"]
  PERK --> EIF2A["eIF2α-P<br/>翻訳抑制 / ATF4↑"]
  EIF2A --> ISR["統合ストレス応答 (ISR)"]
  ISR --> EIF2B["eIF2B<br/>翻訳開始複合体"]
  EIF2A --> PPP1R15A["PPP1R15A / GADD34<br/>(eIF2α脱リン酸化複合体)"]

  A --> ERAD["ERAD<br/>逆輸送 / ユビキチン化"]
  ERAD --> P97["p97 / VCP<br/>抽出"]
  P97 --> PROT["プロテアソーム<br/>分解"]

  A --> CA["ER Ca2+ 恒常性"]
  CA --> SERCA["SERCA<br/>Ca2+ 取り込み"]
  CA --> RYR["RyR<br/>Ca2+ 放出"]

  A --> FOLD["折り畳み / 品質管理"]
  FOLD --> CFTR["CFTR 折り畳み / 輸送"]
  FOLD --> ENZ["変異酵素の安定化<br/>(例: α-Gal A)"]

  %% ===== 薬(点線)=====
  ORIN["ORIN1001"] -.-> IRE1
  DNL["DNL343"] -.-> EIF2B
  FOSI["fosigotifator"] -.-> EIF2B
  IFB["IFB-088"] -.-> PPP1R15A

  CB5339["CB-5339"] -.-> P97
  CB5083["CB-5083"] -.-> P97
  BOR["proteasome inhibitor<br/>(bortezomib等)"] -.-> PROT

  MIP["mipsagargin"] -.-> SERCA
  DAN["dantrolene"] -.-> RYR

  ORK["CFTR modulators<br/>(lumacaftor等)"] -.-> CFTR
  GAL["migalastat"] -.-> ENZ
  AMX["AMX0035"] -.-> A

  %% ===== スタイル =====
  classDef drug fill:#ffe5e5,stroke:#d33,stroke-width:2px,color:#900;
  classDef pathway fill:#f7fbfc,stroke:#6aa7b2;

  class ORIN,DNL,FOSI,IFB,CB5339,CB5083,BOR,MIP,DAN,ORK,GAL,AMX drug;

※ 図中の点線矢印は、各薬剤が作用する標的分子または経路を示しています。

専門用語解説:ISR(統合ストレス応答) 詳しく見る ▼

ISR(Integrated Stress Response、統合ストレス応答)は、ER stress だけでなく、アミノ酸飢餓、ウイルス感染、酸化ストレスなど複数のストレス入力を統合して、eIF2αのリン酸化を介して翻訳を制御する応答です。ER由来のストレスでは主にPERKがこの系に入ります。

eIF2αがリン酸化されると全般的な翻訳は抑制されますが、一部のストレス応答遺伝子はむしろ翻訳されやすくなります。ここで重要になるのがeIF2BPPP1R15A/GADD34で、前者は翻訳再開側、後者はeIF2α脱リン酸化側に関わります。ER標的医薬では、ISRを完全に遮断するのではなく、eIF2B活性化薬(activator)などで翻訳を適度に回復させる部分調節が有力な戦略になっています。

開発中の治療薬

直接的なUPR/ISR/ERAD/ER Ca2+を狙う創薬は、いまも主として臨床試験段階にあります。2026年3月時点で公表情報を追いやすいものを下表に示します。なお、試験が完了(completed)で結果待ち・次段階未公表のものも含めています。242526272829

薬剤 主な標的/経路 主な対象 最新の公表段階 メモ
ORIN1001 IRE1α RNase阻害薬 進行固形がん Phase 1/2 完了24 IRE1–XBP1経路を直接狙う代表的臨床例。24
DNL343 eIF2B活性化薬 ALS HEALEY Regimen G 完了25 ISRを完全遮断せず翻訳回復の方向に調節する設計。125
fosigotifator(ABBV-CLS-7262) eIF2B活性化薬 ALS、VWMなど ALS試験完了、VWMで臨床継続/拡大アクセス2627 ISR調節の臨床開発で存在感が大きい。2627
IFB-088 / icerguastat PPP1R15A/eIF2α脱リン酸化系の調節薬 球麻痺型ALSなど Phase 2 完了28 ISRを延長・調整するタイプの候補。128
CB-5339 p97/VCP阻害薬 AML/MDS、固形腫瘍 一部試験で臨床開発中止/不透明2930 p97はERADの中核AAAファミリーATPase。429
mipsagargin(G-202) SERCA阻害薬プロドラッグ 固形がん、肝細胞がん、膠芽腫 Phase 2 まで222331 PSMA発現腫瘍血管で活性化される設計。2223
AMX0035(PB + taurursodiol) ER・ミトコンドリア起点の細胞死経路抑制 ALS、PSP、Wolfram症候群など ALS承認後に市場撤退、他適応は一部開発継続/中止混在3233 4-PBAを含むため、広義のERストレス緩和薬としてしばしば議論される。13233

開発中止例

以下の表は、ERを治療標的として開発された薬の中で臨床試験で開発中止となった事例をまとめています。 臨床まで進んで中止になった事例は、実際にはUPR/ISR直接標的薬よりも、p97/VCPSERCA、あるいはERストレス緩和レジメンで目立ちます。なお、PERK阻害薬の代表的化合物であるGSK2606414/GSK2656157は創薬上重要ですが、臨床試験での中止例というより前臨床段階での毒性・選択性の問題として理解したほうがよいです。1343536

レジメン(regimen) は、単一の有効成分そのものではなく、複数成分の組み合わせや投与設計を含めた治療法の枠組みを指します。この記事では、たとえば AMX0035 のように、複数の成分を組み合わせて ER stress 関連経路に介入する治療を指して使用しています。

薬剤 主な標的/位置づけ 臨床段階 主な対象 中止/撤退の理由 補足
CB-5083 p97/VCP阻害薬 Phase 131 進行固形がん 視覚関連有害事象で中止。後にPDE6への非標的作用(off-target効果)が示唆。3134 ERADを狙う発想自体は鋭いが、標的選択性が課題。
CB-5339 p97/VCP阻害薬 Phase 1 準備/実施段階29 固形がん・リンパ腫ほか ClinicalTrials.gov では “clinical development of the agent has been discontinued” と記載された withdrawn trial あり。29 権利移管などはあるが、少なくとも一部グローバル開発は停止。30
mipsagargin(G-202) SERCA阻害薬プロドラッグ Phase 2222331 肝細胞がん、膠芽腫など 腎毒性・点滴関連毒性が課題で、明確な承認経路に至らず公的開発は停滞。222337 選択的SERCA創薬の難しさを示す代表例。
AMX0035(RELYVRIO / ALBRIOZA) ERストレス関連細胞死抑制レジメン 承認後・Phase 33233 ALS PHOENIX試験結果を受けて2024年に市場撤退。33 「承認後の確認試験で有効性が示せず撤退」の例。
AMX0035(ORIONプログラム) 同上 Phase 2b/3 計画38 PSP 主要・副次評価項目でプラセボとの差がみられず、2025年にプログラム中止。38 ERストレス緩和仮説の適応依存性を示す。

注:PERK阻害薬は本記事の表には入れていません。理由は、代表薬がヒトで大規模臨床中止に至ったというより、膵毒性RIPK1への非標的作用などの問題が前臨床・トランスレーショナル段階で強く認識され、臨床展開が進まなかったケースだからです。13536

小胞体標的薬の開発が難しい理由

1. ER経路は病因であると同時に生理的防御機構でもある

ERストレスとUPRは、単純な有害な経路ではありません。IRE1/PERK/ATF6はまず適応応答として働き、翻訳抑制、分子シャペロン誘導、ERAD促進などを通じてタンパク質恒常性を回復させます。そのため、病態によっては抑制が有利でも、別の状況では正常組織の適応能まで奪ってしまいます。これはER創薬が一般的ながん遺伝子阻害よりも難しい理由の一つです。123

2. 正常組織への依存性が高く、標的起因毒性(on-target toxicity)が出やすい

ER機能はとくに分泌細胞や高代謝細胞で重要です。PERK阻害では、前臨床段階で膵毒性が大きな障害として認識されました。PERKは分泌細胞の生存に必須であり、経路を強く抑えすぎると治療標的以外の正常組織が先に破綻しやすい、というのが典型例です。135

3. 完全阻害ではなく部分調節が必要で、治療域設計が難しい

ERストレス/ISRは、しばしば完全阻害よりも部分調節が望まれます。実際、ISRを遮断するのではなく、eIF2B活性化により翻訳を適度に回復させる戦略が臨床で追われています。つまりER創薬では、標的に効くかどうかだけでなく、どの程度効かせるかが薬効と毒性を分けます。12526

4. バイオマーカー・患者選別・真の標的選択性が不足しやすい

ERストレスは多くの疾患で観察されますが、患者ごとにどのUPR経路にどの程度依存しているかを定量的に見るのは容易ではありません。また、化合物の標的選択性も問題です。たとえばCB-5083では視覚毒性の背景にPDE6への非標的作用が示され、GSK2606414/GSK2656157ではRIPK1阻害作用が報告されました。ER創薬では、標的妥当性だけでなく、化合物プローブ・開発候補化合物の標的選択性がとりわけ重要です。3436

まとめ

小胞体関連の承認薬はすでに存在しますが、その中心はUPRセンサーを直接標的とする薬ではなく、(1) CFTRの折り畳み・輸送の補正薬、(2) migalastatのような薬理学的シャペロン、(3) プロテアソーム阻害薬による小胞体タンパク質恒常性の脆弱性利用、(4) dantroleneによるER/SRカルシウム調節です。168101317 一方、IRE1/PERK–eIF2α/eIF2B/PPP1R15A/p97/SERCAを狙う創薬は現在も活発ですが、生理的防御反応と病的応答の二面性、標的起因毒性、部分調節の必要性、バイオマーカー不足のため、開発難易度は高いままです。したがってER標的薬の将来像は、単なるストレス遮断薬よりも、疾患コンテキストに応じた精密なタンパク質恒常性の調節へ向かう可能性が高いと考えられます。1234

出典

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  14. Feldt-Rasmussen U, Hughes D, Sunder-Plassmann G, et al. Oral pharmacological chaperone migalastat compared with enzyme replacement therapy in Fabry disease: 18-month results from the randomised phase III ATTRACT study. J Med Genet. 2017;54(4):288-296. doi:10.1136/jmedgenet-2016-104178. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/27834756/  2 3

  15. FDA / Drugs@FDA. SYMDEKO (tezacaftor/ivacaftor and ivacaftor) approval 2018. https://www.fda.gov/drugs/drug-approvals-and-databases/drug-trials-snapshots-symdeko ; https://www.accessdata.fda.gov/drugsatfda_docs/label/2018/210491lbl.pdf  2 3

  16. European Medicines Agency. Symkevi EPAR. Tezacaftor increases the number of CFTR proteins on the cell; ivacaftor increases their activity. https://www.ema.europa.eu/en/medicines/human/EPAR/symkevi  2 3

  17. FDA Orphan Drug database / Drug Trials Snapshot. TRIKAFTA approval date 2019-10-21. https://www.accessdata.fda.gov/scripts/opdlisting/oopd/detailedIndex.cfm?cfgridkey=647618 ; https://www.fda.gov/drugs/drug-approvals-and-databases/drug-trials-snapshots-trikafta  2 3 4

  18. Middleton PG, Mall MA, Dřevínek P, et al. Elexacaftor-Tezacaftor-Ivacaftor for Cystic Fibrosis with a Single Phe508del Allele. N Engl J Med. 2019;381(19):1809-1819. doi:10.1056/NEJMoa1908639. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/31697873/  2

  19. European Medicines Agency. Kaftrio EPAR. Elexacaftor and tezacaftor increase the number of CFTR proteins on the cell surface; ivacaftor improves activity of the defective protein. https://www.ema.europa.eu/en/medicines/human/EPAR/kaftrio  2

  20. FDA / Drugs@FDA. KALYDECO (ivacaftor) approval 2012; CFTR potentiator. https://www.fda.gov/drugs/drug-approvals-and-databases/drug-trials-snapshots-kalydeco ; https://www.accessdata.fda.gov/drugsatfda_docs/label/2023/203188s038lbl.pdf 

  21. McCafferty EH, Scott LJ. Migalastat: A Review in Fabry Disease. Drugs. 2019;79(5):543-554. doi:10.1007/s40265-019-01090-4. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/30875019/ 

  22. Mahalingam D, Peguero J, Cen P, et al. A phase II study of mipsagargin in patients with advanced hepatocellular carcinoma. Br J Cancer. 2019;122:25-31. doi:10.1038/s41416-019-0639-z. https://www.nature.com/articles/s41416-019-0639-z  2 3 4 5 6

  23. Denmeade SR, Mhaka AM, Rosen DM, et al. Engineering a prostate-specific membrane antigen-activated tumor endothelial cell prodrug for cancer therapy. Sci Transl Med. 2012;4(140):140ra86. doi:10.1126/scitranslmed.3003886. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/22745334/  2 3 4 5

  24. ClinicalTrials.gov. NCT05154201 ORIN1001 monotherapy and combination in advanced solid malignant tumors. Last update posted 2025-05-30. https://clinicaltrials.gov/study/NCT05154201  2 3 4

  25. ClinicalTrials.gov. NCT05842941 HEALEY ALS Platform Trial - Regimen G DNL343. Results first posted 2026-01-28. https://clinicaltrials.gov/study/NCT05842941  2 3 4 5

  26. ClinicalTrials.gov. NCT05740813 HEALEY ALS Platform Trial - Regimen F ABBV-CLS-7262. https://clinicaltrials.gov/study/NCT05740813  2 3 4 5

  27. ClinicalTrials.gov. NCT05757141 Fosigotifator in Vanishing White Matter Disease and NCT06594016 Expanded Access to Fosigotifator. https://clinicaltrials.gov/study/NCT05757141 ; https://clinicaltrials.gov/study/NCT06594016  2 3 4

  28. ClinicalTrials.gov. NCT05508074 IFB-088 plus riluzole in bulbar-onset ALS. Completed; other names include icerguastat. https://clinicaltrials.gov/study/NCT05508074  2 3

  29. ClinicalTrials.gov. NCT04372641 p97 inhibitor CB-5339 in advanced solid tumors and lymphomas. Withdrawn; “clinical development of the agent has been discontinued.” https://clinicaltrials.gov/study/NCT04372641  2 3 4 5

  30. CASI Pharmaceuticals annual filing / SEC. CB-5339 rights transfer and development history. https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/1962738/000155837025004086/casi-20241231x20f.htm  2

  31. ClinicalTrials.gov. NCT02243917 CB-5083 in advanced solid tumors. https://clinicaltrials.gov/study/NCT02243917  2 3 4

  32. ClinicalTrials.gov. NCT03127514 CENTAUR trial of AMX0035 in ALS. Detailed description notes blockade of key cellular death pathways originating in the mitochondria and ER. https://clinicaltrials.gov/study/NCT03127514  2 3

  33. Amylyx Pharmaceuticals. Formal intention to remove RELYVRIO/ALBRIOZA from the market after PHOENIX Phase 3 topline results (2024-04-04). https://investors.amylyx.com/news-releases/news-release-details/amylyx-pharmaceuticals-announces-formal-intention-remove  2 3 4

  34. Leinonen H, et al. A p97/Valosin-Containing Protein Inhibitor Drug CB-5083 Has a Potent but Reversible Off-Target Effect on Phosphodiesterase-6. J Pharmacol Exp Ther. 2021;378(1):32-45. doi:10.1124/jpet.121.000509. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33931547/  2 3

  35. Yu Q, Zhao B, Gui J, et al. Type I interferons mediate pancreatic toxicities of PERK inhibition. Proc Natl Acad Sci U S A. 2015;112(50):15420-15425. doi:10.1073/pnas.1516362112. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/26627716/  2 3

  36. Rojas-Rivera D, Delvaeye T, Roelandt R, et al. When PERK inhibitors turn out to be new potent RIPK1 inhibitors: critical issues on the specificity and use of GSK2606414 and GSK2656157. Cell Death Differ. 2017;24(6):1100-1110. doi:10.1038/cdd.2017.58. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/28452996/  2 3

  37. ClinicalTrials.gov. NCT02067156 mipsagargin in recurrent/progressive glioblastoma. https://clinicaltrials.gov/study/NCT02067156 

  38. Amylyx Pharmaceuticals. Discontinue ORION program of AMX0035 for PSP after no difference on primary/secondary outcomes (2025-08-27). https://investors.amylyx.com/news-releases/news-release-details/amylyx-pharmaceuticals-discontinue-orion-program-amx0035  2

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